猪突猛進
意外にも少し前までの彼女は、自分に自信が持てず、このままでいいのか10年間も悩み続けた過去があった。その過去をひも解きながら、彼女の葛藤と現在に至るまでを紹介していこう。
遡ること18年前。彼女はシステムエンジニアとして大手企業へ入社。会社員として働きながら、結婚・出産・育休後、仕事復帰を果たす。はたから見ると、順風満帆に見える彼女のステータス。そんな彼女が会社を辞めるきっかけはなんだったのだろうか?
「人の役に立てないことに対する不安」
きっかけはいくつかありますが、産休から仕事復帰し、部署異動したときに、業務もシステムもわからず、前部署と仕事のやり方も違う中で、自分はこの場所で必要とされていないんじゃないかと感じました。
若手社員の方が大きな役割を任され、活躍していて、それに比べて何の役にも立てていない自分に対し、不安を感じ始めていました。
このまま仕事を続けていいのかと思い悩んでいた時に、熊本で震災が起こりました。震災の翌日に現地に物資を届けに行ったのですが、現地の状況を見て、自分の無力さを痛感しました。私がしているシステムエンジニアの仕事は、社会にとても必要な仕事ですが、災害時にインフラが整っていない状況でできることは何もありません。それが私にはとてもショックでした。
環境や道具がなくても、自分の体や知識を持って、誰かの役に立てるようになりたいという思いが強くなっていきました。
今思えば、人の役に立てないということに対する不安がとても大きかったように思います。
そんな中、ある女性に出会いました。
彼女は私の故郷である長崎県五島列島に移住してきた方で、驚くことにマーケッターや鍼灸師、ヨガ講師、臨時の学校職員をしながら、大学にも通っています。なぜそんなに複数の仕事を掛け持ちしているのか聞いたら「『誰かの困ったを解決するお手伝い』ということで自分の中で一本の筋が通っている」ということでした。その言葉に、職業は目的のための手段なんだと気づくきっかけをいただきました。
また彼女がネパールの震災や東日本大震災の時に、現地へ行き、ヨガを通して現地の人々の心のケアをしていたという話を聞き、ヨガは自分の身ひとつで誰かの役に立てるんだと思い、通っていたヨガ教室のインストラクター養成講座の受講を決めました。
彼女は、近年一番考え方が変わったと思ったのが、ヨガの養成講座だったと話してくれました。いったいどんな講座だったのだろう?
「目の前の生徒さんのために!」
養成講座を受講して改めて感じたのは、先生方がとにかく生徒さんのことを第一に思ってレッスンを組んでいるということでした。生徒さんの声をきちんと聞いて、その日の身体の調子によって、レッスンの内容を少し変更したり、とにかくレッスンに来てくれる目の前の生徒さんのために! という想いが伝わってきました。
また先生の「生徒さんがレッスンに来た時と、レッスンが終わって帰る時を比べると、表情がとても明るくなる。それが見たくてこの仕事をしている」という言葉を聞いて、私も目の前のお客さんの表情をちゃんと見て、声を聞いて、利益よりもお客さんのことを一番に考えた仕事をしたい思いが強くなりました。
会社という大きな存在に守られて、その中の一人として仕事をするのではなく、河口真由美として自分が自信を持てるスキルで、お客さまに向き合いたい。そして、お客さまの役に立っているということを肌で実感したいと、退職を決意。彼女は新しいチャレンジの一歩を踏み出した。
「徹底的に学び続けました」
退職を申し出てからの1年間で、徹底的に学び続けました。ライティングやデザインの講座などを片っ端から受けて、自分の考えがどんどんいい方向に変わっていくのを感じました。
特にライティングの勉強は役に立ちました。読んでもらう記事を書くには、愚痴みたいな文章は書けないんです。何かしらそこから読者のメリットになるようなことを残さないといけない。やっぱり自分の経験に対しても嫌だったで終わらせるのではなく、だからなんだったのかというところまで深掘りしていく作業が、結果的に自分の内観へも繋がり、いろいろ気づくことが多かったです。
また先生たちからのフィードバックも自分の自信に繋がりました。
先生たちを見ていると、自分の仕事に対しての探求心がすごく、学び続けていることを楽しんでいるように見えて、あれ? 仕事って実は楽しいものなのかもしれない。と学びを通して、自分の考え方がどんどん変化していきました。
現在は在宅ワーク中心だという彼女。理想の働き方に近づいているか尋ねた。
「家にいて『いってらっしゃい、おかえりなさい』を言える生活スタイル」
コロナ禍で学校が一時自宅待機だった時、自分も夫も、当時はまだテレワークが導入されていなかったので出社しないといけなくて。娘が一人で自宅にいて、ご飯は用意していくのですが、全然食べなかったんです。一人だと食べたいと思わないみたいで、どんどんやせ細っていって。その時は本当に辛くて、私は一体何をしているんだろうと思いました。
振り返ってみると、娘はずっと一人で自宅にいる期間が長かったなあと。娘が自宅の鍵を持って出ることを忘れて、真夏の炎天下の中、私が帰るまで家の外で待っていたこともしばしばありました。普段は泣かない娘でも、この時ばかりは、帰宅した私に抱き着いて号泣し、私も辛かったです。
娘より早く家を出発し、遅く帰宅して、仕事も中途半端、母親としても中途半端と感じていたので、当時は自分の状況が情けなかったです。今は、家にいて「いってらっしゃい、おかえりなさい」を言える生活スタイルなので、それは大事だと思っています。
そんな彼女の今後の活動について聞いてみた。
「みんながウィンウィンじゃん! これが仕事の本来のあるべき形だよなと感じました」
以前、山奥にある貸別荘に宿泊したのですが、そこにはスタッフはおらず、冷蔵庫に準備されている食材を自分たちで調理するという仕組みでした。後日、この貸別荘を紹介してくれた友人に聞いたのですが、貸別荘のオーナーは市街地に住んでいて、主に予約の受付や別荘の管理をして、食材の準備や別荘の清掃は、貸別荘周辺の地域の人たちが準備しているとのことでした。
オーナーは毎日別荘まで通う必要はないですし、地域の方々は自分の家の近くに新しい仕事ができて、宿泊客はコロナ禍でも人に会わずに宿泊できる……みんながウィンウィンじゃん! これが仕事の本来のあるべき形だよなと感じました。みんながウィンウィンは目指したい形です。
会社として利益は必要ですが、お客さんが喜んでくれるサービスを提供でき、自分自身もやりたい事ができる仕事をしたいと思っています。
デザイン会社として立ち上げていますが、別にデザインに固執しているわけではなくて『人の役に立つ』ということを軸に、自分がやってみたいと思うことにどんどん挑戦したいです。夫には、ちょっと稼げない働き方をするけど許してねと言っていますが。