インタビューNo.41

みんなの働き方

点が景色になる


福岡市南区の住宅街。やわらかな光が差し込む和室で、お母さんたちがお茶を片手にほっと息をつく。赤ちゃんを囲みながら交わされる何気ない会話。親子広場「ぽかぽか」は、そんな空気が流れる場所。代表を務めるのは、幼稚園教諭として長年現場に立ち続けてきた平野里子さん。3人の男の子を育てながら、現在は“ママと赤ちゃんが笑顔になれる場所”を作っている。

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“人が好き、お世話するのも好き”だった少女時代と進路への葛藤

小さい頃は、「やりたい、やりたい!」と前に出る活発な子どもだったという平野さん。

「学級委員とか班長とか、人前に立つのも好きだったんです。でも正義感が強すぎて、友達とうまくやれない時もあってちょっと難しかったですね」

中学生になる頃には、“周りとうまくやること”を覚えた平野さん。自分の気持ちを少しずつコントロールすることでコミュニケーションも楽しくなり、友達もたくさんできたという。

そんな中で人と関わることや、小さい子どもが好きという気持ちはずっと変わらなかった。

高校生になり、進路を考える時期になると、国立大学を勧める両親や、県外進学を目指す同級生たちの影響もあり、平野さん自身も「親元を離れて自由になりたい」と考えるようになっていった。

「勉強自体は嫌いではないけど、何になりたいかわからない。親も強制したわけじゃないんですけど、“その流れに乗らないといけない感じ”がすごく苦しくて。言いなりになりたくない、みたいな気持ちがあったんですよね」

“目的がないまま勉強する”ことにも意味を見出せなかった平野さん。そんな葛藤の中、高校3年生の秋ごろ、ふと幼い頃の夢を思い出す。

「私、幼稚園の先生になりたかったんだって、急に気づいたんです。そしたら、“わっ”て世界が開けた感じがして。“これしかない”って思いました」

ひらめきイメージ図

平野さんは幼児教育が学べる大学へ進み、夢だった幼稚園教諭を目指すこととなる。

 

「正解」を探し続けた幼稚園教諭時代と、“自分を偽らなくていい”と知った海外経験

大学卒業後は、自身の出身幼稚園へ就職。

「幼稚園の先生になりたいって思わせてくれた園に、そのまま就職できたんです」

子どもたちと過ごす毎日は、本当に楽しかった。“いい仕事に巡り会えた”という感覚もあったという。けれどその一方で、平野さんは常に“正解”を探していた。

「失敗しちゃいけないとか、子どもをこの状態まで持っていかなきゃとか、自分で自分を縛っていたんですよね」

真面目さゆえに、どんどん自分を追い込んでいった。

「肌がボロボロになっちゃって。仕事を辞めて海外へ行った翌々日くらいに全部治ったんですよ。“あ、ストレスだったんだ”って(笑)」

大学時代、アメリカへの交換留学も経験していた平野さん。その時に感じた“自由な空気”が、ずっと忘れられなかった。26歳の時には、自らお金を貯め、オーストラリアの大学院へ進学する。

「海外って、“私はこう思う”って普通に言っていい空気なんです。偽らなくていい感じが、すごく楽だった」

解放感イメージ図

“周りに合わせること”を自然と身につけてきた平野さんにとって、自分の考えを自由に表現できる海外の空気は、大きな解放感があったという。

帰国後は再び幼稚園へ就職。結婚、出産を経て、12年間現場で働き続けた。3人の男の子を育てながら、管理職も経験。しかし、家庭と仕事を両立しながらの責任は、想像以上に重かった。

「毎日ほんとに必死で、あんまり記憶がないんですよね」
さらに、管理職として求められる役割と、自分自身の働き方との間にズレも生まれていった。

「“自分がいなくても全部回せるぐらいやってほしい”っていう上司の期待と、私の感覚が多分違ったんだと思います」

振り返れば、“誰かが悪い”というより、自分自身の限界だったのかもしれないと話す。そして2022年、幼稚園を退職。

 

一度立ち止まったからこそ見えた、“本当に欲しかった場所”

退職後は、「1年くらい休もう」と決めていた。けれど、家にいるだけでは、自分のエネルギーは満たされなかった。

「私は、好きなことをやってないとエネルギーが回らない人なんだって気づいたんです」

そんな時、知人とのお茶の時間に、ふとこんな言葉をかけられる。

「親子サロンみたいなの、やりたいなと思ってて」
その瞬間、平野さんの中で何かが動いた。
「幼稚園の先生になろうって決めた時みたいに、“わっ”て、広がった感じがしたんです」

育児中、自分自身も感じていた孤独。社会から切り離されたような感覚。多くのママたちが感じるという、産後の夫婦のすれ違い。

「だから、お母さんたちが安心して来られる場所を作りたいって思ったんです」

2023年4月、親子広場「ぽかぽか」をスタートした平野さん。予約不要。縁側がある和室。
お茶とお菓子。赤ちゃんを気にしすぎず、お母さんがほっと一息つける場所。

親子広場イメージ図

「“コーヒー一杯さえ、自分の時間として味わえないほど、常に気を張って頑張ってしまう育児生活。お母さんたちが少し肩の力を抜いて、安心して過ごせる場所を作りたい”って思ってたんですよ」

最初は、少人数から始まったが、少しずつ口コミで広がり、今では多くの親子が訪れる場所になっている。現在は、助成金も活用しながら活動を継続。NPO設立や組織化も考えたが、平野さんは“大きくすること”だけを目指しているわけではない。

「広げることで、この場所の良さが消える気もしていて」

平野さんが大切にしているのは、“目の前の人”との関わり。そして、保育や育児の楽しさを、ママたちや現場の先生たちへ言語化して伝えていくことだ。ママ友同士の育児あるあるは心の支えになるが、共感だけじゃ進めないこともある。

「育児の正解って一つじゃなくて、ママの価値観や子どもの個性の数だけあると思うんです。その親子に合った形を、一緒に見つけるお手伝いができたらいいなと思っています」

 

「働くことは、生きている感覚」

最後に、“働く”とは何かを尋ねると、平野さんは少し考えながらこう答えてくれた。

「私にとって働くって、“生きている感覚”なんです」

子どもが伸びゆく姿。お母さんたちがほっとした表情を見せる瞬間。誰かが少し楽になったり、前を向けるようになる。

「自分の関わりで、誰かの人生がちょっと豊かになったら、それが本当に嬉しいんですよね」

 

点だった経験が少しずつつながっていくように、“自分らしい働き方”も、あとから形になっていくものなのかもしれない。苦しかった経験。違和感。「なんか違う」という感覚。逆に、「わっ」と心が開く瞬間。そういう小さな“点”を無視せず、自分の感覚と真摯に向き合い続けた先に、少しずつ景色ができていく。

「流れに乗れない自分」を否定しなくていい。
「これが好きかもしれない」を大事にしていい。

遠回りに見える経験も、あとからつながっていく。
平野さんの働き方には、そんなメッセージが込められているように感じた。

 

 

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